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雑踏。

灰色のコンクリート

はげかけた横断歩道

赤、青、黄を繰り返す信号機のなか

 

めぐる季節を感じそびれている人たちの息づかいのなかで

うずくまり目を閉じて

増えては減りゆく足音を聞いていたい

 


(コンクリートの下で呼吸もできずに眠る土をおもう)

 


ビルとビルの隙間から

漏れ出るように朝日が差して

昼がとおりすぎ

夜が

肌にとけ込む温度を、感じていたい

何度でも。

 

 

 

そうしていつか

コンクリート

横断歩道も

信号機も

雑踏も

冷えて

サラサラくずれてゆく

 


いつかすべて

真珠のようにかがやく

美しい砂になる

 

 

 

(砂とくだけた人々のなごりが

 夢のように

 延々とひろがり続けている)

 

 

 

北の果てに漂う

氷のような青い空と

真珠色の大地

 

境界線は

 

胸を締めつけるほど  美しい

 

 

 

 

 

 

、いつまでもうずくまっていたい

 

 

 

雑踏のなか

人の気配と

めぐる季節

 


いつか砂になるあなた

 

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254201

ひとりきりで映画を観る。

 


昏い影や、かなしみに美しさを見ないあなたは、あまりある余白を見つめられない。

 

 

 

ひとりで、映画を観る。

 


スクリーンと、ビロードの椅子。映像のない映画を見つめて笑む。記号を追う目を追っている。八畳の部屋。私だけ。

 


窓の外を走り去る車の音だけが友だった。時おりカーテンから差し込む、ライトの温度がなつかしくって、泣きそうになる。

 


隣の部屋に  いる

あなたの

しずかな呼吸は

聞こえない。

 


画面の彼女は、乾いた涙に頬をぬらす。

 

 

 

 

 

 

あなたはさびしくない春を知っているというけど、春ってさびしいんです、わたし。うす茶色の瞳越しなら、やさしいのですか。あんなに生きてるのに、風はあたたかいのに、過ぎさった季節に死んだものたちのにおいがリフレインして、わたし、喉がふさがる思いなんです。何十回でも、さびしいんです。

 

 

 

 

だから

 

今夜はひとり。

2109.08.23

故郷はいつだって美しい。

 

故郷。まぼろしのようなふた文字。

朝焼けのふとんの中で、まどろみながら聞くカラスの声。霧がかった、坂道だらけの街。青い郵便ポスト。揺れる金髪。かなしいぐらい広い空。片足を失くした猫の、日差しを受けたレモン色の瞳。ガラスみたいなプールの水面。

 

ブルーベリーマフィン、食べようよ。」

 

煉瓦造りのアパートには、韓国人の、年の近い女の子が住んでいた。アパートの中庭にある深緑の池にはアヒルがたくさんいて、彼女と落ち合っては、しきりにパンくずを与えていた。

 

「ねえ、私の故郷に遊び来てね。」

 

いつだったか韓国人の彼女は、祖国へ帰っていった。最後に見た彼女の目の形だけは克明に覚えているのに、おおかたの思い出は、パンくずとともに池へ溶けてしまった。あの池の底には、あの子の名前がたゆたっている。

 

「最初の3ページを読んでおもしろい本は、アタリだよ。」

 

バランスボールみたいにまんまるなその先生は、スヌーピーと、ビートルズの「イエローサブマリン」が好きだった。教室には白黒のクラシックな犬と、英国ロックバンドの歌声がみっちり詰まっていた。

 

「、」

 

昼休憩は、長い。星条旗はいつまでもはためいている。いじめられっ子だったフランス人の彼女は、少しだけ寂しい笑い方をする。時おり故郷の言葉を話す。ヴァイオリンを弾く。

 

風が強く吹いて、音は聞こえない。記憶はとめどない。故郷、こきょう。なにひとつ確証はないのに、たしかな手応えはある。道にたたずむ夜中の自販機。まばらに瞬く夜の高速道路。あるいは、早朝の秋風。道に忘れ去られた白いハンカチ。思い出せない、声とかたち。

故郷はなおも、うつくしい。

 

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21.54

食事は、時おり正気を保つのがむずかしい。


皮を剥がれ、原型を失い、生き物のにおいを感じさせない、死体の盛り合わせ。食事。恐ろしいのに、なんてかぐわしい。

 


焼いて、蒸して、茹でて、ぐちゃぐちゃにして、死を食べてることなんて忘れて、「ブタさんもおいしく食べてくれて喜んでるよ」先生の言葉を思い出す。(正気ってなんだっけ)名前などなく、あかしすらない、無数の墓標の上にひとは立つ。


おいしすぎる死にざま、胃がひっくりかえりそう。

 

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2017

 

 

あなたが聞き続ける音楽や、

着続ける服、使い続ける道具、

それらの中にわたしは、

わたしの知らないあなたを見つけます。

 

あなたは、けしてわたしを見ない。

だけどわたしは、その時その時の、

誰かや何かに夢中だったあなたの

表面を撫でるように、

残像だけを寂しく見つめています。

 


これは、後ろ向きな言葉ではありません。

深くまで知っているつもりでいるあなたこそが、

実はとんでもなく遠くにいること、その事実にいつも、

新鮮な驚きを感じているのです。

きっと何年経とうと、あなたは過去から来た人です。


見え隠れする影までもが、まるで花の名前のようで

少し、きれいに感じられるほどです。

 

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春しか愛せない。

通りすぎる風にばかり恋をする。

コンクリートは花が咲くので寂しい。

 

わたしには46億年の記憶。

何度繰り返しても、秋のにおいに泣いてしまう。


(音のくぐもる地下鉄は水槽のようでした)おぼれても、うつくしい。おぼれても青く揺れるばかりで、うつくしい。